FC2ブログ

スポンサーサイト 

カテゴリ:スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

“幻”のワイングラス 

カテゴリ:山行 道志

倉岳山から望む富士山
↑大月市秀麗富嶽十二景の第9番山頂の一つ倉岳山から望む富士山

 山に登っていると、少しずつ山歩き専用(いわゆる“山専”)のアイテムが増えてきます。

 山に登り始めてまだ間もない頃、“山専”グッズを購入しただけで、なんだか一端の「登山者」になった気がして、山に登らなくてもそれだけで嬉しかった記憶があります。
 その“山専”グッズですが、日常生活ではまったく使うことのないピッケル(最近は山でもほとんど使っていませんが‥^_^;)やアイゼンなどのギア類は別として、コッヘルやカップ、テルモスなどについては、ふだんの生活で使っているものを山歩きの際に代用することも、もちろん可能です。

 しかしながら、山で使うモノは、「高機能」であることに加えて、使用する際の条件として「原則的には自分自身で背負って歩かなければならない」という制約があります。
 そのため、多少高価であっても、機能的に優れ、かつ軽量・コンパクトにつくられた“山専”グッズの方が、山においては何かと重宝することから、どうしても“山専”をチョイスしてしまいます。

 さて、そこで“山専”ワイングラスの登場です。
 そもそも「ワイングラス」が、はたして「山歩き」に必要なアイテムであるのか?という疑問はさておき、ワインを飲むのであれば、たとえそれが山の上であったとしても、金属製のマグカップより「ワイングラス」で飲んだ方がより美味しいに決まっている!というワタクシ的思い込み風コダワリから、「ワインを飲む」シチュエーションが事前に予想される山行には、「山歩き専用」の「ワイングラス」を、準「個人装備」的扱いで、こそっとザックの中に忍ばせたりしています。

 私がいつも山で使用している「ワイングラス」は、アウトドアクックウェアブランド「GSI アウトドアーズ」製のモノです。
 この「ワイングラス」は大変スグレモノで、ベース&持ち手の部分を取り外してグラスの本体部分に蓋のようにして収納できるため、非常にコンパクトになります。
 また、材質的にも耐衝撃性、耐久性、難燃性、かつ透明度に優れたLexanポリカーボネート樹脂でつくられているため、ガラスのように割れる心配もありません。
 まさに、正統派“山専”ワイングラスです(笑)

 山用品のショップで、この“山専”ワイングラスを見つけたとき、「おお、(あくまで山では)のんべんだらりなワタシにピッタリのグッズだ!」と半ば衝動的に購入し、以来、前述のとおりワタクシ的、準「個人装備」品となりました。

 その「お気に入り」の“山専”ワイングラスが、本年1月の「阿夫利山」山行の後、所在不明となってしまいました。

在りし日の“山専ワイングラス”の凛々しい姿
↑在りし日の「山専ワイングラス」の凛々しい姿

 「阿夫利山」山行では、昼食のときに、この「ワイングラス」でワインを飲んだのは確かなのですが、撤収時にザックに収納した記憶が残っていません。
 いろいろなケースを考えましたが、帰宅途中にどこかで「ワイングラス」だけを落としたとも考えにくく、やはり昼食場所である「阿夫利山」の山中の「井戸沢ノ頭」に置き忘れてしまった可能性が高いように思われました。

 「お気に入り」の「ワイングラス」だったので、はじめは回収することも考えましたが、それには相応の手間隙と費用(交通費)が生じます。
 単に交通費だけを考えても、往復の電車とバス代だけで、この「ワイングラス」が2個買えるぐらいの出費となるため、少々残念ではありましたが回収は諦め、後日新しいものを再購入することにしました。

 それからしばらくの間、その“山専”ワイングラスのことは頭の中から一時的に消えていましたが、先日別件で山用品のショップを訪れたとき、“山専”ワイングラスのことを、ふと思い出しました。
 「おお、そうであった。あのワイングラスを買わなくては。確かあのワイングラスは、この店で購入したはず」と店内をくまなく探しましたが、どういうわけか、あの“山専”ワイングラスが見当たりません。

 いくら探しても見つからないので、店員に尋ねみると「今はもう置いていません」と、ナントもつれない返事。
 それならば、と他の山用品ショップを4~5軒回りましたが、どの店にも置いていませんでした。

 どうにも諦めがつかないので、それならば、と今度はネットで検索してみましたが、いずれのショップも「現在在庫切れ」であり、「再入荷の予定はありません」とのことでした。
 ここに至り、この“山専”ワイングラスを入手するのは、現時点では大変困難な状況となっており、いまや「レアアース」ならぬ「レアグラス」、いわば“幻”のワイングラスと化していることに、ようやく気がつきました。

 いつでも買えると思っていた“山専”ワイングラスが購入できないとわかり、費用対効果の面から一度は断念した「回収」という方法を取らざるを得なくなりました。
 が、しかし、“山専”ワイングラスが所在不明になってから、すでに1ヶ月以上が経過しているため、仮に山中に置き忘れたとしても、今も「井戸沢ノ頭」にそのまま放置されているとは限りません。

 「阿夫利山」の山頂は狭く、ある程度の人数のパーティーが食事をするには不向きであり、それに較べて比較的平坦な場所である「井戸沢ノ頭」は昼食場所として適地であるため、「阿夫利山」の登山者は、おそらくほとんどの方があの場所で休憩・昼食をしているものと推察されます。

 そのため、あの“山専”ワイングラスが、すでに他の登山者に発見され、拾われてしまっている可能性も否定できず、せっかく費用をかけてわざわざ回収するために登ったのに、「発見できず」徒労に終わることも十分考えられます。

 それでも、やっぱりあの“山専”ワイングラスで、「美味しいワインをもう一度飲みたい」という不純な願望を捨て去ることができず、「探索&回収」山行を実行することにしました。

 ただし、「探索&回収」だけが目的の山行では、努力空しく不首尾に終わってしまった場合、あまりに悲しいので、前回の「阿夫利山」山行の際、帰りのバスの時間の関係で少々慌しい入湯となってしまった秋山温泉に、今度はココロゆくまでじっくりと浸ってくることを、もう一つの山行目的としました。

新湯治場「秋山温泉」
↑いつもたくさんの“湯治客?”で賑わっている新湯治場「秋山温泉

 あとは、決行あるのみです。
 2月の末の土曜日に一日休みがとれたので、山行前日に代表のNEKOさんとリーダー部長のSさんへ山行計画書を提出しました。
 正直なところ、今回は山行目的が「忘れ物探し」という非常に個人的かつ不謹慎?なものであったため、山行計画を提出するかどうか迷いましたが、万が一ということもあるので、念のため計画書を提出することにしました。
 ちなみに山行計画書の「山域」の欄には、「井戸沢ノ頭」、「目的」の欄には、「GPSで“忘れ物”を探し当て、秋山温泉に今度はじっくり浸る」と、ありのままを記載しました(笑)

 「探索&回収」作戦当日は、朝から素晴らしい快晴となりました。
 それはそれで大変結構なことだったのですが、あまりに良い天気に恵まれ過ぎてしまったため、中央線の車窓から真っ白な富士山の姿を眺めながら、「なにも、こんな絶好の登山日和の日に、“探索&回収”を行わなくてもいいのではないか?」という“迷い”が生じ、次第にそれは頭の中で急速にむくむくと膨らみはじめ、上野原駅で下車し、駅前でバスを待っている間にも、その思いはどんどん大きくなっていきました。

 おもむろにウエストバッグから登山地図を取り出して、このバスルート沿いで展望の良い山、できれば富士山が望める山で、かつ下山後に秋山温泉に寄れる山はないか?と、地図上の山の名前を追っていると、終点の「無正野」バス停から1時間少々で登れる大月市秀麗富嶽十二景の一つである「倉岳山」が目に留まりました。
 かくして、ここまで来ておきながらミッションはあっさり腰砕けとなり、ワタクシ的気まぐれで「作戦変更!」となりました。

 すぐに、「山行計画の変更」について、代表のNEKOさんとリーダー部長の杉さんへ、急いで手直しした山行計画書を添付したメールを送り、バスへと乗り込みました。(土曜日の朝だったにもかかわらず、代表からすぐに「了解メール」が届きました_<(_ _)>)

 今にして思えば、倉岳山に登るのであれば、何もわざわざバスになど乗らず、上野原駅から再び中央線に乗車して、梁川駅か鳥沢駅まで行けば良かったのですが、思いつき的に計画を変更したため、そのときの私はこのことにまったく気がつきませんでした。

 この日はJRの「ホリデーパス」を利用していたので、仮に上記のルートを選択していたら、追加の電車賃は一切生じなかったのですが、思いつきの計画変更の代償として、バス運賃880円を余計に支払うことになりました。

 思いつきの計画変更の代償はこれだけでは止まらず、倉岳山に登頂後、正午少し前に麓の集落へ下山し、「とりあえず秋山温泉に行って、汗を流して麦酒を飲もう!」とバス停の時刻表をのぞいてみると、なんと次のバスは2時間40分後でした。

 こんなことなら、倉岳山へ登る途中の穴路峠から往復1時間ほどで登ることができた高畑山(倉岳山と同じ秀麗富嶽十二景9番山頂)へも足を伸ばし、そこの山頂で昼食にすれば良かったと、下山した後に思いましたが、もう後の祭りでした。

 バス停の近くは民家ばかりで、食事をとれるような店や休憩をとれるような店はなく、屋外で2時間40分もの間ひたすら待つというのは、さすがに時間を持て余してしまうため、思いつきの計画変更のツケで、しかたなく秋山温泉まで歩くハメとなりました。

 「主要地方道四日市場上野原線」を秋山温泉に向かってひたすら歩き続けます。
 リニア実験線の延長工事の関係なのか、山の中の道の割にはダンプカーが多く、道幅が狭いところを猛スピードで走り抜けていくときは、さすがに閉口しました。

 山中では歩きやすい登山靴も、平らで硬いアスファルトの上を長時間歩くのには向いておらず、思いのほか難儀しました。
 地図でみると約8~9km、バスで約30分の距離でしたが、約2時間をかけて、なんとか秋山温泉へたどり着きました。

秋山温泉の露天風呂
↑開放感のある気持ちのよい秋山温泉の露天風呂で足の疲れを癒しました

 「山行計画を途中で変更する場合は、もっとよく考えて慎重に行うべき」であることを、今回は身を持って思い知らされた山行となりました(苦笑)

 それでも快晴の倉岳山の山頂からは、秀麗富嶽十二景の名に違わない素晴らしい富士山を見ることが出来たので、多少反省すべき点もありましたが、それはそれでほろ苦くも良い想い出として記憶に残ると(たぶん)思います。

 結局、あの“山専”ワイングラスは、いまだ“幻”のままです(笑)

 JIN記

 ↓続きに写真があります
スポンサーサイト

低山で雪山を満喫 棒ノ折山 

カテゴリ:山行 奥多摩

 2月13日(日)に奥多摩の棒ノ折山に登ってきました。
メンバーは、K隊長に、Aさん、Tさん、ハーリーの4人です。
3連休にもかかわらず、最初の2日間はあいにくの雪と雨。もともとは12日にHさんも含めて、丹沢・大山のバリエーションルートを行くはずだったのですが、雨で断念。13日はHさん参加できず残念。

13日は打って変わって快晴となりました。朝9時22分川井着の電車で全員集合。27分発のバスで清東橋へ。青梅線の電車からも平地に雪がみえていましたが、山にはいるといよいよ本格的な雪景色に。しかも降ったばかりの新雪です。

林したから
↑山に入ると木の上にも雪が積もっていました。

森の木々に積もった雪がときどき風に吹かれて舞い降りてくる光景は真っ青な空をバックに、白いカーテンが朝の光にきらめいて降りてくるようで幻想的でもありました。
清東橋から棒ノ折山に向かう人は少ないようで、他に登山者はそれほどいませんが、途中、鹿撃ちのハンターと何回かすれ違いました。

雪山の中、静かな山行が楽しめます。こういう山は一人で来れば、またべつの味わいがあると思いました。
登るにしたがい、だんだん雪が深くなります。登山路以外はまったく踏み跡のない新雪です。
スパッツは装着しましたが、最後までアイゼンは使用せずに、1時間半ほどで山頂に着きました。

頂上
↑頂上で記念撮影

昼食は、レトルトの豚汁を温めている間、Tさんが持参したウイスキーをお湯割りにして乾杯。
さらに、Aりさんに文旦をむいてもらい、最後はコーヒーで締めに。
今度はどこか低山で、山で料理を作って楽しむ「山グルメの会」をやろうという話で盛り上がりました。
隣にどこかの女子高生らしき集団が先生らしき人に引率されてやってきて、Tさんが「写真を撮って」とか「どこかの女子高の山岳部?」とか、積極的に話しかけていました。雪の上に倒れこんで遊んでいる女子高生に、Aさんが「倒れるときは顔から突っ込め」といっていましたが、誰も実行しませんでした(当然)。

12時半ごろから、さわらびの湯めざして下山開始。途中に分岐があり、急な沢を下る道と、それよりも緩い普通の山道を下る道に分かれます。わがヤマニテ隊は安全な緩い道を降りる予定だったのですが、途中で一緒になったおじさんから「沢道といってもたいしたことないよ。非日常の世界でおもいしろいよ」といわれて、あっさり沢道に変更。

確かに沢道といっても、急なところはごく一部で、ロープや鎖もついています。それに雪があるところは転んでも痛くないので、逆に安心です。雪の沢は美しく、小さな滝があったり、深い谷になっていたりとなかなか楽しめるルートでした。夏に沢登りに来たいとAさんがさかんに言ってました。
登山道を降りきったところで、さっきのおじさんがわれわれに追いつき、自分の車で「さわらびの湯まで送ってあげよう」といってくれました。これは、AさんとTさんがいてくれたおかげ。
男2人では絶対に起こりえない幸運です。

予定より早く2時半ごろにさわらびの湯に到着。建物に入ると木の香りがする温泉施設です。
いつも混んでいるこの温泉も今日はそれほどではありません。露天風呂はそれほど温度は高くないのですが、湯は何か植物のようなにおいがします。
風呂から上がって、休憩室でビールで乾杯して、ゆっくり4時31分のバスで飯能経由で帰路につきました。
連休の最初の2日間で雪が降ってくれたおかげで、思わぬ雪山を堪能できた山行でした。

ハーリー記

コース=清東橋-奥茶屋-棒ノ折山-ゴンジリ峠-岩茸石-さわらびの湯

いつもの裏山散歩コースを「ちゃんと」歩いてみました――神山滝~頭高山~渋沢丘陵 

カテゴリ:里山ニテ

渋沢丘陵をいつもと逆方向から、しかも渋沢駅発ではなく2駅先の新松田駅発で歩いてみたいと前から思っていたのですが、たまたま休みをとっていた2月14日の月曜、やってみることにしました。家の雑用と、洗濯物を干すなどの家事でうだうだしていたので、12時半ころ秦野の自宅を出る、遅い出発になってしまいました。

神山滝110214
 ↑落差20m、2段の「神山滝」。なかなかの迫力です

新松田駅に降り立ったのが1時10分。桜まつり会場へのシャトルバスの看板が目に付きます。松田山の河津桜はもう見ごろなのでしょうか。

途中コンビニで買い物をして、川音川を渡り、小田急線の線路を跨ぐとすぐに左折。東名の高架をくぐってあとは道なりに。この道、平日のせいか生コン工場に行くトラックで狭い割に意外と交通量が多く、ヒヤヒヤしながら歩きました。

右手にホテルがあって、ネット情報ではこのわきに山道への入り口があるはずなのですが、ホテルの敷地内に少し入って見たもののよく分かりません。

いったん車道に戻り、もう少し行ってみることにします。すると民家の先に道標がありました(道標設置の「矢倉沢往還道を甦らせる会」さん、ありがとうございます)。

登ること5分で神山滝(こうやまたき)への降り口に達しました。この分岐は以前逆方向から来たことがあり、見覚えがあります。09年10月だったでしょうか。あの時は頭高山(ずっこうやま)の入り口までバイクで来て、神山滝まで往復したのでした。ここは、こんなに車道に近い地点だったのですね。

神山滝は落差20m、2段のなかなか立派な滝です。しばし見入った後、さっきの分岐に戻り、頭高山方面へと登ります。

もう一つ上の、左右に分かれる分岐では「遠回り、崩れている」と手書きの道標が教えてくれる左側の道を行くことにします。なぜなら前回こっちは歩いてないからです。

崩れているという割にはしっかりした道。さっきの分岐を右に行く道と、頭高山の手前の吾妻屋で合流するはずです。つまり頭高山の中腹をぐるりとトラバースで輪のように巻いているわけですね。

先日(11日)降った雪が、250mくらいの標高のこの道では全く残っていなかったのですが、やがてぽつりぽつり残雪が見られるように。コースのうち真北のほうに差し掛かったのでしょう。そう思って見上げると、林の切れ間から大山や二ノ搭、三ノ搭など表尾根の稜線が見えています。

やがて吾妻屋が見えてきました。頭高山へはここからすぐです。もう何度も来ているのでピークを踏まなくてもいいようなものですが、まあ、ここまで来たのだからと、行くことに。

誰もいない山頂(303.4m)に着いたらすぐに引き返します。なんだか空の雲が厚くなって、少し暗くなってきたようです。みかん畑の脇に出るころにはぽつりぽつりと降ってきました。ああ、「雨は夜になってから」とテレビで言っていたので、合羽も傘も持って来ていませんでした。不覚。

今日は渋沢丘陵全コース完踏をと考えていたのですが、しかたない、渋沢駅方面に途中でエスケープすることに。

渋沢と峠集落を結ぶトンネルの真上あたりに差し掛かる手前で、左手に「ハイキングコース、須賀神社方向」という手書きの道標が。地図にない、今まで歩いたことのない道です。渋沢駅方面に近そう。これ幸いと道標に導かれるようにして下って行きました(「渋沢丘陵里地里山を楽しむ会」さん、ありがとうございます)。

やがて神社の前に出るころには雨脚が強くなってきました。まあ、傘がないとずぶ濡れというほどではないけど。下校する中学生とすれ違いながら5分ほど行ったところにセブンイレブンがあり、ここで傘を買いました。

傘をゲットして濡れる心配がなくなると、必ずしも渋沢駅に出る必要はなくなります。3時半近くになっていましたが、渋沢丘陵のほうに戻って完踏を目指すことに。

渋沢中学校の脇を通って丘陵に乗ると、ここから先はいつもの道。でも逆方向なので、なんだか新鮮です。雨の中の丘陵散歩もまた楽し、とのんびり歩いて行きます。ところが、出掛けにベランダに洗濯物を干してきたのを思い出してしまいました。午前中は晴れていたのです。「雨は夜遅くからって言ってたのに!」と心の中で毒づきながら、せわしなく歩いて家へと向かったのでした。

日常のすぐ隣りの非日常。「学校の裏山を探検した子供の頃にタイムトリップしたみたい」なわくわく感(T本さんの「鍋嵐~辺室山」山行報告の表現を拝借)。何の変哲もない丘陵歩きも、ちょっとわき道に入るだけで無限の楽しみが広がります。苗木を育成している私有林もあって、むやみには入れないですけど。また歩きに行きたいと思います。

はせ

↓続きに写真あり

雪で真っ白!の世界を一人で歩いてきました――大山 

カテゴリ:山行 大山

東京に大雪の予報が出た2月11~12日。12日に大山に5人で登る計画をリーダーとして出していた私は前夜大いに悩んだのですが、結局午後10時過ぎの時点で中止の決断をしました。

しかし当日朝になってみると、雪はやみ、明るい曇り空。家の近くから見ると、大山の山体が山頂部は雲がかかっているものの、くっきりと望めます。登れる! ということで、単独で大山に行くことにしました(他の方たちは晴れの予報の翌13日に別の山=棒ノ折山=へ。私は連休真ん中の12日しか空いてませんでした)。

雨降りの木の樹氷110212
 ↑山頂のご神木のブナ「雨降りの木」も、この日は真っ白に雪化粧していました

ヤビツ峠行きバスは、路面凍結のため運休。簑毛までバスで行き、そこから歩きます。柏木林道は久しぶり。雪がちらちら降ってきます。

しっかり踏み跡があった道もヤビツ峠から先は先行者が少ないようで(たぶん2人か3人)、心許なくなります。標高が上がるにつれ雪の量も多くなり、吹き溜まりでは膝くらいまで埋まります。いつものようにスイスイ登るというわけにはいきません。でも雪化粧したイタツミ尾根はなんだか違う山に来たみたいで新鮮です。

山頂には十数人がいました。こんな日なのに登って来る人がいるんだ…、と自分のことを棚にあげて思いました。樹氷となったご神木「雨降りの木」をはじめ、一面真っ白の銀世界です。「こんな日だからこそ」というべきなのでしょう。

当初、北尾根から石尊沢左岸尾根を下るバリエーションルートを考えていたので、北尾根入り口を覗いてみました。全く踏み跡がありません。まあ、こんな日に北尾根を歩く人はいないわなぁ。でも、だからこそ新雪を踏んで分け入ってみたい!と思わないでもなかったのですが、やめておきました。

道がえぐれているところでは吹き溜まりになっていて、かなり深く積もっていることでしょう。ワカンとピッケルがなければ無理、と判断しました。

下りは表参道を阿夫利神社下社へ。ケーブルは使わず男坂の急な石段をアイゼンを利かして軽快に下って行きました。

はせ

↓続きに写真あり


いいね!  真っ白な富士山を眺める青空スノーハイク  

カテゴリ:山行 箱根

足柄峠から望む雄大な富士山
↑青空に映える真っ白な富士山

 2月の連休最終日に、箱根外輪山の北にポツンと佇む矢倉岳に、一人で登りました。

 実は、3連休はすべて仕事の予定でした。
 連休初日に続いて、連休2日目も「勤労者の鑑」(笑)のように出勤して仕事に勤しみ、お昼の休憩時間にネットで天気予報をチェックしてみると、午後の予報は「雪」でしたが、天気は急速に回復の方向に向かい、連休最終日となる翌日の予報は、朝から夜まで「おひさま」マークがずらりと並んでいました。

 関東地方に大雪をもたらす南岸低気圧が通過した後の快晴は、近場で快適なスノーハイクが楽しめる絶好のチャンスです。特に、紺碧の空に映える真っ白な富士山を眺めるスノーハイクは、「至福」の一言に尽きます。

 年に1~2度しかない、こんなおトクな機会をみすみす逃す手はありません。
 ただちに「勤労者の鑑」は返上し、「どこかへ遊びに出かける」ことはまるっきり“ミエミエ”の“バレバレ”でしたが、そんなことはおくびにも出さず、上司や同僚はもちろん、部下までをも拝み倒してなんとか休みをもらい、仕事が終わるや否や脱兎の如く職場を抜け出して帰宅しました。

 連休最終日は、入笠山山麓のスキー場にて杉さんの「ゲレンデスキー講習会」が予定されており、またhiromiさんからも、12日に予定されていたものの雨天中止となったはせさんの「大山」山行の代替として、「棒ノ折山」山行の計画が新たに出されていました。
 スキーはもう何年も“ご無沙汰”しており、「卒業」ならぬ「自主中途退学」(笑)状態だったので、「ゲレンデスキー講習会」への参加は自重しましたが、「棒ノ折山」は少々心が揺れました。

 が、しかし、やはり「真っ白な富士山が見たい!」という衝動的(というより発作的)願望は抑えがたく、「棒ノ折山」に後ろ髪を引かれつつも、山行のテーマ(目的)を「全身に雪を被った富士山を眺める」と決めて、「矢倉岳」の山行計画の作成に取りかかりました。

 午後9時過ぎなってようやく山行計画書が完成し、直ちにNEKOさんへメールで提出した後、「雪が予想以上に深くルートファインディングが必要な場合があるかも‥(結果的には杞憂に終わりました)」と想定して、「Trekking Map Editor」で1万分の1の縮尺の地形図を作成し、ハンディGPSとともにザックに忍ばせました。

 翌朝、小田急「新松田」駅からバスに乗り、終点の「地蔵堂」でバスを降りるとそこは、ようこそ白銀の世界!(T本さんの「鍋嵐~辺室山」山行報告に記載のあったこの“表現”がとても気に入り、拝借させていただきましたm(_ _)m)

そこは、ようこそ白銀の世界!
↑バスを降りるとそこは、ようこそ白銀の世界!

 バスに同乗してきた他の登山者は皆、金時山方面へ向かい、足柄峠方面へ向かう登山者は私一人だけでした。
 バス停の四阿屋でスパッツを装着するなど身支度を整えて、午前9時頃、まずは足柄峠に向けて歩き始めます。

 しばらくは車道歩きとなりますが、昨日の降雪の影響か、登ってくる車はほとんどありません。
 雪化粧した矢倉岳の頂上を右手に見ながら徐々に高度を上げて、やがて「足柄古道」の道標が立つポイントから山道へと入ります。

雪化粧した矢倉岳
↑雪化粧した矢倉岳

 登山道は新雪に覆われ、周囲の木々も白い雪をまとい、「信州チック」な雰囲気になっていて、とても南関東の標高1000mにも満たない山を登っているとは思えません(笑)

信州のような雪化粧の風景ですが、南関東の神奈川県です(笑)
↑信州のような雪化粧の風景ですが、南関東の神奈川県です

 歩き始めてから1時間少々で足柄峠に到着、逸る心を抑えつつ、すぐに足柄城址の展望台に登ります。
 そこには、抜けるような青空の下、左右に大きく裾野を広げた富士山の雄大な姿がありました。

足柄峠から望む秀麗なる富士山
↑足柄峠から望む雄大な富士山

 本山行の目的は、はじめから「富士山を見る」ことでしたが、今回に限らず、地理的に富士山が見える場所に登ると、いつも自然と富士山を探してしまいます。
 そして、富士山が見えたりすると、理屈抜きに嬉しくなり、また幸せな気分になれるから不思議です。

 白く輝く富士山を中心に、左側に大きく伸びた裾野の先には愛鷹連峰、右側に伸びた裾野の先には三国山稜や道志の山々、南側には間近に金時山や神山、明神ヶ岳などの箱根連山、北側には丹沢の山々なども望めました。

 素晴らしい大展望を心ゆくまで楽しんだ後、矢倉岳に向けて再び歩き出します。
 「ふわふわ」の新雪を踏みしめたときの「キュッキュッ」という心地よい感触を足の裏に感じながら、若干のアップダウンを繰り返しつつ、矢倉岳へと徐々に近づいていきます。

“ふわふわ”の新雪に覆われた登山道
↑“ふわふわ”の新雪に覆われた登山道

 酒水の滝への分岐である清水越を過ぎると、傾斜がややきつくなってきました。
 気温が上がって雪がやわらかくなり、キックステップが効かず足がズルズルと後ろに滑り出したため、山頂まではあと少しの距離でしたが、アイゼンを履くことにしました。
 
 ザックから新品未使用の6本爪の軽アイゼンを取り出して、装着しようとしましたが、あろうことかアイゼンのベルトが短かすぎて届かず、うまく締めることができません。
 加齢&怠惰な日々の積み重ねにより、この3年間で20㎏近くも体重が増えてしまい、「自分史上最高でぶ」の更新中で、ウエストのベルトが締まりにくいことは厭でも自覚していましたが、よもや足先まで太ってしまっていたとは!と一瞬驚きましたが、実はそうではありませんでした。

 この軽アイゼンは、スキー靴のようなプラスチックのベルト&バックル(“ラチェットバックル”というのだそうです)が付いており、「カチカチカチ」と手軽に好みの強さで締めることが出来、また外すときもワンタッチでリリース出来るスグレモノで、登山用品店で初めて見たときに「おお、モノグサな性分のワタシにはピッタリの軽アイゼンだ!」と、すでに軽アイゼンを3つも所有しているにもかかわらず、半ば衝動的に購入したシロモノでした。
 元々この軽アイゼンは、無雪期用の登山靴にと入手したもので、当然ながら普段履いている無雪期用の登山靴には、事前にテストを実施して、キチンと装着出来るかを確認済みでしたが、今日ワタシが履いているのは雪山用のごっつい登山靴でした。

 今日の山行はある程度の積雪が予想されたため、朝、家を出るとき、「一応、念の為」と雪山用の登山靴をチョイスしたのですが、この靴は無雪期用の登山靴に較べて一回り大きいつくりとなっていました。
 この雪山用登山靴を履くような山行には、ほとんどいつも12本爪のセミワンタッチアイゼンを使用しているのですが、今回の山行に本格的な12本爪アイゼンを持っていくのはさすがに躊躇われました。
 そこでアイゼンについては、軽アイゼンをチョイスして携行したのですが、その「お手軽アイゼン」と雪山用登山靴との組み合わせは購入時には想定していなかったため、事前の装着テストは実施していないことを迂闊にも失念していました。

とうとう足先まで太ってしまったのか、アイゼンがキツキツでした(笑)
↑麦酒と葡萄酒の飲み過ぎで、とうとう足先まで太って?しまいました(笑)

 なんとか装着せねばと、アイゼンのベルトをスパッツの上からではなく内側に巻いたり、ベルトの位置を上下左右に微妙に変えてみたりと、創意工夫&悪戦苦闘の末、今回はどうにか装着することが出来、結果的に事なきを得ましたが、万一装着できなかった場合を考えると要反省です。 

 そんなこともあり、矢倉岳山頂には予定より少し遅れて正午少し前に到着しました。
 広場のような山頂には誰もおらず、贅沢な“お一人様貸切”状態です。
 周囲には先ほどの足柄峠に負けず劣らずの素晴らしい眺望が広がっていました。

 若干雲が出始めていましたが、まだまだ富士山の秀麗な姿を望むことが出来、また、足柄峠では樹木に隠されて見ることの出来なかった東側方面も展望が広がり、眼下には小田原の街並み、その先には穏やかな相模湾、さらにその先には三浦半島まで望めました。

 風もほとんどない穏やかな山頂で、ほぼ360度の大展望を楽しみながら昼食をとっていると、登山者のグループが次々に登ってきて、静かだった山頂は、みるみるうちに賑やかな山頂へと変わっていきました。

 1時間ほど憩い、まだまだ名残惜しくはありましたが、次第に雲に隠れ始めた富士山の姿を瞼の奥に刻んで、矢倉岳の山頂を後にし、下山を始めました。

 徐々に高度を下げるにつれ、雪が緩んで所謂“腐った”状態となり、さらに高度を下げていくと、やがて雪と石と泥がミックスされた非常に滑りやすい状態となったため、軽アイゼンの爪を意識的に効かせて慎重に足を運びました。

 下っていくにつれて雪が少なくなってきたため、標高400mを切ったあたりで軽アイゼンを外し、さらにひたすら下りていくと、やがて登山道は本村集落の道へと合流し、下山開始から1時間ほどで矢倉沢のバス停にたどり着きました。

 30分ほど待った後、ようやくやってきたバスに乗って「新松田」駅へと戻り、「鶴巻温泉」駅で途中下車し、「弘法の里湯」にて汗を流しました。

 湯上り後、“お約束”の麦酒を飲み、おとなしく帰路に着いたはずでしたが、性懲りもなく、またも途中下車して、とある“街の水場”にヨロヨロと立ち寄り、NEKOさんより「雪のイメージから下山後にオススメ」された麦酒“エビス クリーミートップ スタウト”で乾いた喉を潤して、ようやく家路に着きました(笑)

雪山ハイクの後の麦酒 “「エビス クリーミートップ スタウト”
↑雪山ハイクの後のオススメ麦酒 “エビス クリーミートップ スタウト

 JIN記

 ↓続きに写真があります

白く輝く美ヶ原高原でスノーシューハイク‥のはずでした ^_^; 

カテゴリ:旅の山やま話

冬の美ヶ原高原
↑冬の美ヶ原高原(「美しの塔」周辺)

 冬になると、以前は嬉々として温泉&スキーに出かけていたのですが、加齢とともに次第にゲレンデが遠くなり(笑)、最近は冬季に1~2回スノーシューハイクに出かける!というのが、ここ数年のワタクシ的トレンドとなっています。
 今シーズンのスノーシューハイク第1弾として、2月の最初の日曜日に「信州美ヶ原高原」に出かけることにしました (^-^)/

 美ヶ原は、松本平の東に聳え立つ標高約2000mの山で、山頂部が高原状になっていて、夏は牧歌的な風景が広がり、避暑地や高原リゾートとして有名なところです。

 冬は、気温がマイナス20度近くまで冷え込むこともありますが、冬季の晴天率が高いことに加え、長野県のほぼ中央の高台に位置していることから、「日本百名山の41座が望める」ともいわれており、「アルプスの展望台」として、山歩きの愛好者や写真愛好者には知る人ぞ知る冬の秘かな人気の場所でもあります。

 美ヶ原高原の頂上付近には、冬でも宿泊できる施設が2つあります。
 一つは頂上近くに建つ「王ヶ頭ホテル」、もう一つは「美しの塔」の近くに建つ「美ヶ原高原ホテル山本小屋」です。

 いずれも「ホテル」の名がついていますが、「王ヶ頭ホテル」が高原リゾートホテルであるのに対して、もう一方の「美ヶ原高原ホテル山本小屋」は、自身のホームページにおいて「山小屋と旅館の中間のような施設とお考えください」と紹介しており、宿泊施設としてのスタイルや趣がかなり異なっています。 

夕方5時からホテルのロビーでシャンパンサービス
↑「王ヶ頭ホテル」のシャンパンサービス

 冬季においては、「王ヶ頭ホテル」は、2000Mの山の上とは思えない充実した施設・設備に加えて、頂上という絶好のロケーションから、一般観光客や写真を愛好する方が主に、また「美ヶ原高原ホテル山本小屋」は、リーズナブルな宿泊料金から、山歩きを愛好する方が主に利用されているようです。

 今回は、山小屋に泊まるなんて「ゼッタイ、イヤ」な愚妻がいっしょなので、選択の余地なぞ一切なく問答無用で「王ヶ頭ホテル」チョイスとなりました ^_^;

 実は美ヶ原へは15年ほど前の夏に一度愚妻と訪れており、そのときも現在の「王ヶ頭ホテル」に宿泊したのですが、当時は、まだ「王ヶ頭ホテル」ではなく「美ヶ原高原荘」という名称で営業していて、施設・設備・食事ともに「ホテル」というよりは「山荘」もしくは「ロッジ」という雰囲気でした。
 その後、大規模なリニューアルを経て、現在の「王ヶ頭ホテル」となったようです。

 その「王ヶ頭ホテル」の宿泊予約をしようと、宿泊予定日の一週間ほど前にホテルのホームページを覘いてみると、休前日ではないにもかかわらず、なんと空いている部屋がほとんどないではありませんかw(゚o゚)w
 慌てて残っている部屋をすぐに予約し確保しましたが、冬季もこんなに人気があるとはいささか予想外でした。
 後でわかったことですが、1月下旬ころにNHKの朝の全国ニュース「おはよう日本」&夕方の関東甲信越のニュースにおいて、“「霜の花」~世界で1番はかない華”(室内の水蒸気が窓に凍りつき出来る氷の華の模様)を咲かせるホテルとして美ヶ原「王ヶ頭ホテル」が紹介されたため、その後宿泊予約がどーんと多くなってしまったようです。

 無事にホテルの予約を済ませ、「今年は“記録的な大雪”であることから、美ヶ原高原もさぞかしたくさんの雪があることであろう、ふふ」と不謹慎かつ勝手に期待していたのですが、現地に到着してみると、2月に入り春のような陽気の日が続いたためか、高原のところどころで雪が融けてしまっており、無情にもあちらこちらで雪の間から茶色い枯れ草が顔を出していました。

白く?輝く美ヶ原高原
↑雪が融けてところどころ茶色になり、思わず「うーむ(_ _|||) 」状態の美ヶ原高原

 「それならば」と、あっさり初日のスノーシューハイクは諦め、「観光モード」に切り替えて、ホテルイベントの「大雪原ショートツアー」に参加し、他の宿泊客の皆様と一緒にホテル所有の雪上車に乗って、美ヶ原高原のほぼ中央にある「美しの塔」へ。
 このあたりは、他の場所に較べれば、まだ雪が残っていました。

美しの塔
↑美ヶ原のシンボル「美しの塔」

 その後、夕陽&北アルプスを観に、美ヶ原の西端に位置する「王ヶ鼻」へ歩いて行きましたが、雲が広がってしまい見えず仕舞いでした。
 失意のうちにホテルへと戻り、早々に貸切展望露天風呂に浸かり、風呂上りの麦酒やシャンパンなどを飲んでいるうちに、やがて夕食となりました。
 麦酒などを飲みながら美味な夕餉に舌鼓を打ち、4階のラウンジで午後8時からのホテルイベント「スライドショー~美ヶ原の四季」&「星空観察会」の開始を待っていると、今まで雲に隠されて見えなかった松本市街の美しい夜景が窓から見えるではありませんかヽ(´▽`)ノ

 これは「王ヶ鼻」からなら、何も遮るものもなく、もっと間近に大きく綺麗に見えるに違いない!と、あっさり「スライドショー」&「星空観察会」はパスし、急ぎ部屋に戻り、浴衣を脱ぎ捨てマウンテンジャケットを着込み、ハンディGPSをポケットにねじ込み、ヘッデンを2つ頭にくくりつけ、半ば呆れ顔で見送る愚妻を一人部屋に残して、寒くて暗い屋外へと飛び出しました。

 「ナイトスノーハイク」は、さすがに寒さが尋常ではありませんでしたが、「王ヶ鼻」から一人眺める松本市街の夜景はひとつひとつの光が鮮明に輝き、それはそれは美しいものでした。

 翌朝、ご来光は拝めたものの、残念ながら北アルプスは雲に隠されていて、モルゲンロートは見ることはできませんでした。
 夜の間に期待した雪も降らなかったため、雪が少ない状況は昨日と変わらず、朝食をいただいた後、「さてどうしたものか」とホテルの部屋で思案しているうちに、下からガスが湧き上がってきて、みるみるうちに美ヶ原高原を覆ってしまいました。

ご来光in美ヶ原
↑美ヶ原高原をほんのりと淡いピンク色に染めるご来光

 これですっかり「その気」が失せてしまい、二日目のスノーシューハイクもさっさと諦め、「雲上パノラマ風呂」へと直行し、誰もいない湯船にひとり浸かってぼんやりと外を眺めて過ごしました。

 結局、せっかく持っていった「スノーシュー」は、ケースから一度も出すことなく、そのまま「お持ち帰り」となったのは言うまでもありません (T_T)

 今シーズンの第2弾で再び美ヶ原を訪れ、今度こそ「スノーシュー」を履くぞ!o(^-^)o(笑)

 JIN記

 ↓続きに写真があります

「学校の裏山の探検」みたいにワクワク――鍋嵐~辺室山 

カテゴリ:山行 丹沢

2月6日(日)、東丹沢の鍋嵐~辺室山を登ってきました。今回のテーマは「地図にない道」です。

9時20分、煤ケ谷のバス停を出発し、1時間ほど歩いて物見峠の少し先、目印の祠を左に入るとそこは、ようこそ地図にない世界。

鍋嵐ロープ110206
 ↑いきなりロープが必要な急登。参加者の顔に緊張が走ります

いきなりロープを伝って岩場を登ると、その先はもはや道がありません(ホントを言うと、マニアックな達人たちがつけたケモノ道がところどころありましたf^_^;)。

崩れそうな痩せ尾根を歩き、木の根っこをホールドに急斜面を登ります。

晴れた冬の日、暖かい陽射しの射す明るい雑木林を6人で歩いていると、土曜の放課後、学校の裏山を探検した子供の頃にタイムトリップしたみたいで、心が弾みます。

みんな楽しそう。

45分ほどで、踊り場のような鍋嵐の山頂に到着。

来た道を引き返し、12時40分辺室山頂にてランチタイム。

本日のコースは食前酒がホテルオー●ラの赤ワイン、前菜はハワイ直送のビーフジャーキー。続いて白ワインを飲みながらのメインディッシュはハーリーシェフの特製石狩鍋。材料はシャケ、ホタテ、鶏団子、ジャガ芋、キャベツ、椎茸、玉葱。最後にうどんをほうり込んで、あんまりおいしくって全員お椀に3杯食べちゃいました。

デザートはコーヒーに大粒の苺と高知直送の文旦。

歩行時間5時間。歩いても歩いても登っても登っても、絶対やせないヤマニテ山行です。

下山後はお決まりの温泉と居酒屋で「地図にない山行第2次計画」等々で盛り上がり、19時過ぎに解散しました。

それにしても、相変わらず驚異的な体力を誇るはせさん。次回はAさんの助言に従って、背中のワイン背負ってもらって負荷をかけ、ペースダウンを謀ってみます(下りでは加速するだけだ、との意見もありました)。

以上、道なき道の案内人、はせリーダー以下、ヤマさん、はーりーさん、Aさん、元気いっぱいM田さん、そしてT本でした♪

T本

↓続きに写真があります

澄んだ空気の中、お散歩気分で歩きました――弘法山から弘法の里湯へ 

カテゴリ:里山ニテ

1月30日、秦野の弘法山を一人で歩いてきました。鶴巻温泉に抜けるいつものコース。

権現山110130
 ↑河原町交差点近くの橋から見た浅間山、権現山

この日は天気がよく、空気が澄んでピリッと寒い、歩くのにちょうどいい感じのコンディションでした。箱根連山や富士山もクリアに見えました。

権現山の上の広場でも、弘法山の上でも、いくつかのグループが鍋やコッヘルで料理を作りわいわいと宴会をやっていました。昨年4月に我がヤマニテが「ワインまつり」と称して宴会をやったように。あの時、我々はバーニャカウダとけんちん汁、焼肉、焼きそばで盛り上がったのでした。

弘法山から鶴巻温泉へ抜ける道は、平坦なようでいて意外とアップダウンがあります。追い越していったランニングの女性が「起伏がありますね」と言っていました。

最後の「吾妻山」の上でも宴会しているグループがいました。なるほど、ここでやれば、鶴巻温泉まではすぐなので、多少酔っ払っても大丈夫。今度ここでやるというのもいいかも、と思いました。

鶴巻温泉に出たら、駅前のラーメン屋で昼食をとり、弘法の里湯へ。弘法の里湯では、若い女性二人がバイオリンデュオの演奏を聞かせてくれる催しがあり、美しい音色を堪能いたしました。そのあと休憩室で横になり、至福のお昼寝タイムを満喫し、帰途についたのでした。

はせ

静かな静かな中央線沿線の山――鶴ケ鳥屋山 

カテゴリ:山行 中央線沿線

1月29日、中央線沿線の山、鶴ケ鳥屋山(つるがとやさん)に我が「ご岳友」ヒロミさんと二人で登ってきました。気温が低く、晴れの日が続くこのごろですが、この日は「曇り」の予報。寒い上にどんより日が差さないのでは、厳しい冷え込みの中を登ることになるかのかな、と覚悟して笹子に向かったのですが、しかし、時折日が差す晴れのち曇りの空で、まずまずのコンディションでした。

鶴ケ鳥屋山登り110129
 ↑雪の残る北斜面を登る

笹子駅を下りた登山者は他に5、6人いたのですが、みんな滝子山方面に向かうようで、鶴ケ鳥屋山方面へは我々だけでした。ヒロミさんとは私同じ職場。闘病中だった同僚(というか先輩)が実は前日に亡くなったのですが、その人の思い出話などをしながら林道を歩きました。

沢沿いの林道を詰めていって、やがて登山道に。沢の分岐で右の沢沿いに進むと、やがて道は沢から分かれて「超」が付くほどの急登に。…という調子で細かく描写していると長くなるので以下略しますが、じんわり汗をかきながら登って本社ケ丸~鶴ケ鳥屋山を結ぶ稜線に出ました。

ここからは、アップダウンはあるものの快適な稜線歩き。冬枯れで葉を落とした木々の枝の間から、アンテナを冠した三ツ峠山の頂が間近に見えています。特に途中のピークの、林が切れたビューポイントからは、晴れていれば本社ケ丸と三ツ峠との間に富士山がよく見えるだろうな、と思われましたが、残念、今日は雲の中です。

右手の斜面の下のほうでガサガサ音がするので何だろうと見ると、なんと、イノシシが3匹。いや、4匹。一列になって右へ左へとトラバースしています。私、初めて野生のイノシシを間近に見ました。『かいけつゾロリ』のイシシ君とノシシ君(とその父母?)みたいです。

そういえば、稜線に出る前の斜面では鹿3頭に出会いました。これで蝶が飛んでいれば「猪、鹿、蝶」勢ぞろい。青タン、赤タン、花見で一杯。…って何のこっちゃ。

鶴ケ鳥屋山山頂にはちょうどお昼ごろに着きました。レトルトおでんを温め、二人で小宴会。食後にコーヒーとりんご、キウイのデザートも。山頂には誰もおらず、静かなものです。結局この山行で人と出会ったのは登りの途中で下ってくる男女2人とすれ違っただけでした。

急坂の若干不明瞭な道を下って、長い車道歩きを経て初狩駅へ。藤野で途中下車して「東尾垂の湯」に寄って帰りました。

鶴ケ鳥屋山の山名ですが、「鳥屋」というのは鳥小屋とか「ねぐら」の意味らしいので、「鶴の巣がある山」の意でしょうか。鶴は都留市の「つる」にも通じるようです。雁ガ腹摺山とか黒川鶏冠山とか、この辺には鳥に関連した山名が多いような気がします。

はせ

↓写真あり


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。