尾瀬至仏山山スキーに行ってきました
4月26,27日の両日で尾瀬至仏山へ山スキーに行ってきました。
26日はあいにくの天気でしたが、一瞬だけ至仏山山頂直下で晴れました。
山頂は強い風と霧で何も見えませんでした。山頂からムジナ沢に向けて
滑り出したつもりでしたが、ガスで全く方向が分からず、ムジナ沢側への
トラバース地点を通り越して滑り降りてしまい、カラ沢に阻まれてトラバース
出来ませんでした。仕方がないので、ワル沢を滑り降りて、出合いから
山の鼻へ向かいました。
27日朝、尾瀬ヶ原は霧に包まれていましたが、至仏山の斜面の登るに
つれて霧が晴れ、中腹からは雲海に浮かぶ燧ヶ岳が望めました。
山頂に着くころには霧も晴れて、眼下に尾瀬ヶ原が望めました。
山頂ではすっかり晴れ上がり、真っ青な空の下でワル沢を思いっきり
滑り降りました。
杉山 記
写真は「続きを読む」で表示します。
26日はあいにくの天気でしたが、一瞬だけ至仏山山頂直下で晴れました。
山頂は強い風と霧で何も見えませんでした。山頂からムジナ沢に向けて
滑り出したつもりでしたが、ガスで全く方向が分からず、ムジナ沢側への
トラバース地点を通り越して滑り降りてしまい、カラ沢に阻まれてトラバース
出来ませんでした。仕方がないので、ワル沢を滑り降りて、出合いから
山の鼻へ向かいました。
27日朝、尾瀬ヶ原は霧に包まれていましたが、至仏山の斜面の登るに
つれて霧が晴れ、中腹からは雲海に浮かぶ燧ヶ岳が望めました。
山頂に着くころには霧も晴れて、眼下に尾瀬ヶ原が望めました。
山頂ではすっかり晴れ上がり、真っ青な空の下でワル沢を思いっきり
滑り降りました。
杉山 記
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赤いヤッケの男 山の霊異記
山の本の紹介です。
「赤いヤッケの男 山の霊異記」(安曇潤平著、メディアファクトリー刊、1300円)

山を舞台にした怪談集です。『幽』という怪談専門誌(そんなものがあったんだ!)の連載をまとめたものだとか。
私は山で怪談めいた体験に出くわしたことはないし、霊もお化けも妖怪も信じない者ですが、山や自然そのものへの恐れの感情は持っています。あんな怖いものはないとさえ思います。そういう意味では、山は怪談話の絶好の舞台なのかも…。
しかも、語り口の妙というのでしょうか、あらすじだけ聞いても怖くもなんともない話が、巧みな口調や絶妙な間でもって語られると、背筋がぞぞ〜と寒くなることってありますよね。この著者、その「語り口」が抜群にうまいんだなぁ。山登りのディテールがしっかりしているのも「真実味」を増す要因かも。
ただ怖いだけでなく、不思議な話、ほのぼのといい話なども取り混ぜて、楽しませてくれました。全23話。一篇一篇は短いです。
KH
「赤いヤッケの男 山の霊異記」(安曇潤平著、メディアファクトリー刊、1300円)

山を舞台にした怪談集です。『幽』という怪談専門誌(そんなものがあったんだ!)の連載をまとめたものだとか。
私は山で怪談めいた体験に出くわしたことはないし、霊もお化けも妖怪も信じない者ですが、山や自然そのものへの恐れの感情は持っています。あんな怖いものはないとさえ思います。そういう意味では、山は怪談話の絶好の舞台なのかも…。
しかも、語り口の妙というのでしょうか、あらすじだけ聞いても怖くもなんともない話が、巧みな口調や絶妙な間でもって語られると、背筋がぞぞ〜と寒くなることってありますよね。この著者、その「語り口」が抜群にうまいんだなぁ。山登りのディテールがしっかりしているのも「真実味」を増す要因かも。
ただ怖いだけでなく、不思議な話、ほのぼのといい話なども取り混ぜて、楽しませてくれました。全23話。一篇一篇は短いです。
KH
藤野町芸術の道ハイキングに行ってきました。
13日の日曜日、K子さん、はーりーと私の3人で、藤野町芸術の道ハイキングに行ってきました。
小雨が降ったりやんだりの中でしたが、新緑が柔らかで、つつじ、つばき、桜(樹齢250年の枝垂れ桜も鑑賞)などの花を楽しむことができました(Tさんが一緒ならもっとたくさんの名前が分からなかった春の花を紹介できたことでしょう)。
野外芸術は、20点近くを鑑賞しました。「周囲の空間を圧縮、または伸縮し、区切り、つけ足しながら宇宙の広がりをあらわしている」などの解説をまじめに(?!)読み、横、ななめ、後に回ったりしながら作品をながめましたが、果たしてどこまで作者の意図をくみとることができたか…。
「かえってタイトルなんかつけない方がいいんじゃない?」「なんでも芸術なのダ!!!」(K子さん) 「オブジェはともかく山里の雰囲気がいいですね」(はーりー)というのが2人の感想でした。
私は、わけのわからないものを見たり、自分の気づかないような感想を聞いたり、新しい道や町を見ると、いつもと違う脳細胞が刺激され、それだけでうれしくなります。
途中、食欲に打ち勝てず、芸術の道をそれて「レストランShu」へ寄り道(実はまだ3分の1ほど作品が残っていました)。野外のデッキで、里山の風景を楽しみながら、ワインとチーズの盛り合わせ、サラダやカレーを味わうという至福の時を過ごしました。
ここはY浦さんが、「あんなうまいカレーは食べたことがない」「また行きたい」と一年間言いつづけていたお店です。目の前の畑で収穫した野菜を駆使しての野菜創作料理が売りですが、この日は時間的にランチメニューしか味わえませんでした。
食後は店のオーナー(銀河鉄道のメーテルのような女性)が運転する車で、今月いっぱいで閉店してしまうという「五感の湯」まで連れていってもらいました。谷底にある開放的な露天風呂が魅力で(雑木林の中で湯につかっているような気分になれます!)、閉店が悔やまれました。
難をいえば湯が少しぬるいことでしょうか。今月中、土日のみ営業しているとのことですので、興味のある方は幻の湯になる前にぜひ足を運んでみることをおすすめします。
写真はレストランshuの前で

AH記
小雨が降ったりやんだりの中でしたが、新緑が柔らかで、つつじ、つばき、桜(樹齢250年の枝垂れ桜も鑑賞)などの花を楽しむことができました(Tさんが一緒ならもっとたくさんの名前が分からなかった春の花を紹介できたことでしょう)。
野外芸術は、20点近くを鑑賞しました。「周囲の空間を圧縮、または伸縮し、区切り、つけ足しながら宇宙の広がりをあらわしている」などの解説をまじめに(?!)読み、横、ななめ、後に回ったりしながら作品をながめましたが、果たしてどこまで作者の意図をくみとることができたか…。
「かえってタイトルなんかつけない方がいいんじゃない?」「なんでも芸術なのダ!!!」(K子さん) 「オブジェはともかく山里の雰囲気がいいですね」(はーりー)というのが2人の感想でした。
私は、わけのわからないものを見たり、自分の気づかないような感想を聞いたり、新しい道や町を見ると、いつもと違う脳細胞が刺激され、それだけでうれしくなります。
途中、食欲に打ち勝てず、芸術の道をそれて「レストランShu」へ寄り道(実はまだ3分の1ほど作品が残っていました)。野外のデッキで、里山の風景を楽しみながら、ワインとチーズの盛り合わせ、サラダやカレーを味わうという至福の時を過ごしました。
ここはY浦さんが、「あんなうまいカレーは食べたことがない」「また行きたい」と一年間言いつづけていたお店です。目の前の畑で収穫した野菜を駆使しての野菜創作料理が売りですが、この日は時間的にランチメニューしか味わえませんでした。
食後は店のオーナー(銀河鉄道のメーテルのような女性)が運転する車で、今月いっぱいで閉店してしまうという「五感の湯」まで連れていってもらいました。谷底にある開放的な露天風呂が魅力で(雑木林の中で湯につかっているような気分になれます!)、閉店が悔やまれました。
難をいえば湯が少しぬるいことでしょうか。今月中、土日のみ営業しているとのことですので、興味のある方は幻の湯になる前にぜひ足を運んでみることをおすすめします。
写真はレストランshuの前で

AH記
中央線沿線の山、権現山に登ってきました。
4月12日(土)、中央線沿線の山、権現山に登ってきました。
上野原駅ホームに降り立つと、すごい数の登山者。駅前のバス停も長蛇の列で、我々の乗る飯尾行きは臨時便が何本も出ていました。
私たちが降りた「初戸(はど)」で下車したのは、ほかに3人だけでしたから、ほとんどの方は飯尾まで行ったのでしょうか。「あの大集団は三頭山あたりの花(カタクリとかニリンソウとか)狙いなのかな」などと話しましたが、真相はどうなのでしょう。
道の脇にちょうちんを飾ったりしてお祭りの準備に忙しい村人にあいさつして山道へ。ヒメオドリコソウやホトケノザ、キケマンなどが足元に咲いています。ヒノキ林に入るとニリン草も。ヒノキ林、赤松林、またヒノキ…、だんだん雑木林が多くなって、東京電力の電波アンテナの立つ雨降山へ。
ここから権現山直下の玉勢籠神社までは比較的平坦な道。神社の小屋は、中に板張りの床もあって、「入り口の戸さえ壊れていなければ避難小屋として使えるな」と、最近奥多摩の避難小屋山行を重ねているT村さん、K藤さんコンビ。
神社から権現山へは急な登り。山頂には3人が休んでいました。ここで昼食休憩。あいにくの曇り空で、しかも北側からうっすらガスもなびいてくるほどで、展望はまったく利きません。残念。「ゴールデンウイークの山はどこにしようか」など話しながら休みました。

権現山の山頂で憩うK藤さん=左、T村さん
権現山と扇山との間は、見た目上スパッと切れているので、かなり下まで下るように見えるのですが、間にある浅川峠はそれほど下ではなく、登り返しも思ったほど急登ではありませんでした。
扇山山頂では家族連れが2組、小広い芝生上の広場で弁当を広げていました。晴れていれば富士山が大きく見える絶景の山頂なのですが、やはり今日は雲の中でした。
ここからは下るのみ。ゴルフ場の脇を迂回して市街地に出、3時半に鳥沢駅に着きました。
今回T村さんが一緒だったので植物に関する興味深い話をいろいろ聞けました。アブラチャンとダンコウバイの同じような黄色い花の見分け方(「総花柄」の有無による)、雌雄同体のマムシグサの生態など。せっかく教わっても来年の同じ時期まで覚えてはいられないような気もしますが。
【タイム】JR中央線上野原駅8:07―(バス)初戸(はど)9:00―雨降山(1,177m)10:45−権現山(1,312m)11:30〜12:10−浅川峠1:00−扇山1:50〜2:10―ゴルフ場2:45−鳥沢駅3:35、高尾行き電車3:54発
メンバー=K・H川(40代)、K藤(50代)、T村(50代)
KH記
上野原駅ホームに降り立つと、すごい数の登山者。駅前のバス停も長蛇の列で、我々の乗る飯尾行きは臨時便が何本も出ていました。
私たちが降りた「初戸(はど)」で下車したのは、ほかに3人だけでしたから、ほとんどの方は飯尾まで行ったのでしょうか。「あの大集団は三頭山あたりの花(カタクリとかニリンソウとか)狙いなのかな」などと話しましたが、真相はどうなのでしょう。
道の脇にちょうちんを飾ったりしてお祭りの準備に忙しい村人にあいさつして山道へ。ヒメオドリコソウやホトケノザ、キケマンなどが足元に咲いています。ヒノキ林に入るとニリン草も。ヒノキ林、赤松林、またヒノキ…、だんだん雑木林が多くなって、東京電力の電波アンテナの立つ雨降山へ。
ここから権現山直下の玉勢籠神社までは比較的平坦な道。神社の小屋は、中に板張りの床もあって、「入り口の戸さえ壊れていなければ避難小屋として使えるな」と、最近奥多摩の避難小屋山行を重ねているT村さん、K藤さんコンビ。
神社から権現山へは急な登り。山頂には3人が休んでいました。ここで昼食休憩。あいにくの曇り空で、しかも北側からうっすらガスもなびいてくるほどで、展望はまったく利きません。残念。「ゴールデンウイークの山はどこにしようか」など話しながら休みました。

権現山の山頂で憩うK藤さん=左、T村さん
権現山と扇山との間は、見た目上スパッと切れているので、かなり下まで下るように見えるのですが、間にある浅川峠はそれほど下ではなく、登り返しも思ったほど急登ではありませんでした。
扇山山頂では家族連れが2組、小広い芝生上の広場で弁当を広げていました。晴れていれば富士山が大きく見える絶景の山頂なのですが、やはり今日は雲の中でした。
ここからは下るのみ。ゴルフ場の脇を迂回して市街地に出、3時半に鳥沢駅に着きました。
今回T村さんが一緒だったので植物に関する興味深い話をいろいろ聞けました。アブラチャンとダンコウバイの同じような黄色い花の見分け方(「総花柄」の有無による)、雌雄同体のマムシグサの生態など。せっかく教わっても来年の同じ時期まで覚えてはいられないような気もしますが。
【タイム】JR中央線上野原駅8:07―(バス)初戸(はど)9:00―雨降山(1,177m)10:45−権現山(1,312m)11:30〜12:10−浅川峠1:00−扇山1:50〜2:10―ゴルフ場2:45−鳥沢駅3:35、高尾行き電車3:54発
メンバー=K・H川(40代)、K藤(50代)、T村(50代)
KH記
御坂山塊へ行ってきました
杉山です。
昨日は富士山双子山へスキーに行ったのですが、ここの所の雨で
雪が解けてしまっていたため、スキーは中止して近くの御坂山塊へ登って来ました。
コースは新御坂トンネルの入り口にある三つ峠入り口の登り口から旧鎌倉往還道を
登り、御坂峠に到着。そこから御坂黒岳を往復したあと、今度は御坂山へ
向かい、御坂山を経由して天下茶屋のある旧御坂トンネルに到着。
帰りは混み合う高速を避けて、富士吉田から禾生経由で秋山村(今は上野原市)に
ある秋山温泉に立ち寄り、汗を流してきました。
残念ながら富士山の展望は得られませんでしたが、麓の富士吉田や秋山村は桜が満開で
とても綺麗でした。
また、秋山温泉は源泉かけ流しの湯船や美味しい料理もあってなかなか良い温泉でした。
写真は「続きを読む」で表示します。
昨日は富士山双子山へスキーに行ったのですが、ここの所の雨で
雪が解けてしまっていたため、スキーは中止して近くの御坂山塊へ登って来ました。
コースは新御坂トンネルの入り口にある三つ峠入り口の登り口から旧鎌倉往還道を
登り、御坂峠に到着。そこから御坂黒岳を往復したあと、今度は御坂山へ
向かい、御坂山を経由して天下茶屋のある旧御坂トンネルに到着。
帰りは混み合う高速を避けて、富士吉田から禾生経由で秋山村(今は上野原市)に
ある秋山温泉に立ち寄り、汗を流してきました。
残念ながら富士山の展望は得られませんでしたが、麓の富士吉田や秋山村は桜が満開で
とても綺麗でした。
また、秋山温泉は源泉かけ流しの湯船や美味しい料理もあってなかなか良い温泉でした。
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白夜の大岩壁に挑む
山の本の紹介です。
「白夜の大岩壁に挑む―クライマー山野井夫妻」(NHK取材班著、NHK出版刊、1600円)
![51tkQZDgykL._SL500_AA240_[1]](http://blog-imgs-21.fc2.com/y/a/m/yamanite369/20080417100715.jpg)
1月に放送された、山野井泰史、妙子夫妻によるグリーンランド・ミルネ島のビッグウオール挑戦を追った番組の取材班がまとめたドキュメンタリーです。
02年のギャチュンカン登攀で手足の指を凍傷で各自計10本と18本失って再起が絶望視された二人ですが、トレーニングを重ね、再び未踏の岩壁に挑みます。山学同志会の木本哲氏(この人も足の指が10本ともない)と組み、3人で成し遂げました。
その準備過程や、登攀の行き詰まるような一部始終、奥多摩での日常生活や両親、大家さんら二人を支え心配する周りの人の思い――など興味深く読みましたが、私がうなずいたのは泰史氏の以下の言葉です。
「(岩登りができなくなっても)山登り自体は一生続けていくつもりです。これ以上面白い行為は、僕には見つかりません。ですから一生続けたい」
いいなあ。かつて著書で自らを「山で死ぬことを許された人間だと思う」と言明したのには、はっきり言って「別世界の人」と違和感を持ちましたが、この言葉には私にも共感できました。
一方、痛みに強く、どんな状況でも平静でいられる妙子さん。泰史氏が絶大な信頼を寄せるパートナーです。「百の谷、雪の嶺」を読んだときも思ったのですが、この人、泰史氏以上にすごい、と改めて思いました。ぜひご一読を。
※↓山野井泰史に関する本は他にこんなのが…。
「ソロ―単独登攀者・山野井泰史」(丸山直樹著、山と渓谷社刊)
「垂直の記憶」(山野井泰史著、山と渓谷社刊)
「凍」(沢木耕太郎著、新潮社刊、雑誌発表時のタイトルは「百の谷、雪の嶺」)
※テレビ番組の、同行取材のカメラマンもすごい、と思いました。
KH
「白夜の大岩壁に挑む―クライマー山野井夫妻」(NHK取材班著、NHK出版刊、1600円)
![51tkQZDgykL._SL500_AA240_[1]](http://blog-imgs-21.fc2.com/y/a/m/yamanite369/20080417100715.jpg)
1月に放送された、山野井泰史、妙子夫妻によるグリーンランド・ミルネ島のビッグウオール挑戦を追った番組の取材班がまとめたドキュメンタリーです。
02年のギャチュンカン登攀で手足の指を凍傷で各自計10本と18本失って再起が絶望視された二人ですが、トレーニングを重ね、再び未踏の岩壁に挑みます。山学同志会の木本哲氏(この人も足の指が10本ともない)と組み、3人で成し遂げました。
その準備過程や、登攀の行き詰まるような一部始終、奥多摩での日常生活や両親、大家さんら二人を支え心配する周りの人の思い――など興味深く読みましたが、私がうなずいたのは泰史氏の以下の言葉です。
「(岩登りができなくなっても)山登り自体は一生続けていくつもりです。これ以上面白い行為は、僕には見つかりません。ですから一生続けたい」
いいなあ。かつて著書で自らを「山で死ぬことを許された人間だと思う」と言明したのには、はっきり言って「別世界の人」と違和感を持ちましたが、この言葉には私にも共感できました。
一方、痛みに強く、どんな状況でも平静でいられる妙子さん。泰史氏が絶大な信頼を寄せるパートナーです。「百の谷、雪の嶺」を読んだときも思ったのですが、この人、泰史氏以上にすごい、と改めて思いました。ぜひご一読を。
※↓山野井泰史に関する本は他にこんなのが…。
「ソロ―単独登攀者・山野井泰史」(丸山直樹著、山と渓谷社刊)
「垂直の記憶」(山野井泰史著、山と渓谷社刊)
「凍」(沢木耕太郎著、新潮社刊、雑誌発表時のタイトルは「百の谷、雪の嶺」)
※テレビ番組の、同行取材のカメラマンもすごい、と思いました。
KH
3月29日、大山に単独で登ってきました。
山岳会ヤマニテ会員「KH」です。
3月29日、大山に単独で登ってきました。
原付バイクでヤビツ峠を越え、地獄沢橋へ。ここから新多摩線14号鉄塔の立つ尾根を登って、大山北尾根を経て山頂へ―というコースです。
地獄沢橋付近の杉林の中はミツマタの群落が花盛りでした。薄暗い林の中に白い無数の星がきらめいているようで、幻想的な小宇宙といった風情でした。
14号鉄塔尾根を歩いている間は、誰とも行き合わず静かな山歩きが楽しめました。しかし大山の山頂は打って変わって大にぎわい。ざっと100人はいたでしょうか。山頂のトイレが改修工事中だったため、物陰を求めてさまよう人の姿も見受けられました。
下山は北尾根を経て地獄沢尾根から地獄沢橋へ。北尾根の入り口のところの道を横断して鹿柵が付けられており、脚立で越えるようになっていました。1月に来たときにはなかったのに。
14号鉄塔尾根から北尾根にかけてモノレールの軌道が設置されているのにも驚きました。
「森林整備のためモノレールを設置しています。ご注意下さい。湘南地域県政総合センター・地域課」
…の看板。木を伐って運ぶのに使うのでしょうか。気になりました。
ではまた。

14号鉄塔尾根上のモノレール軌道。何を運ぶのでしょう

ミツマタの花。下から見上げるとこのように黄色というかオレンジ色ですが、下を向いて咲くので、上から見ると白く見えます

ミツマタの群落。実際にはもっときれいでした
3月29日、大山に単独で登ってきました。
原付バイクでヤビツ峠を越え、地獄沢橋へ。ここから新多摩線14号鉄塔の立つ尾根を登って、大山北尾根を経て山頂へ―というコースです。
地獄沢橋付近の杉林の中はミツマタの群落が花盛りでした。薄暗い林の中に白い無数の星がきらめいているようで、幻想的な小宇宙といった風情でした。
14号鉄塔尾根を歩いている間は、誰とも行き合わず静かな山歩きが楽しめました。しかし大山の山頂は打って変わって大にぎわい。ざっと100人はいたでしょうか。山頂のトイレが改修工事中だったため、物陰を求めてさまよう人の姿も見受けられました。
下山は北尾根を経て地獄沢尾根から地獄沢橋へ。北尾根の入り口のところの道を横断して鹿柵が付けられており、脚立で越えるようになっていました。1月に来たときにはなかったのに。
14号鉄塔尾根から北尾根にかけてモノレールの軌道が設置されているのにも驚きました。
「森林整備のためモノレールを設置しています。ご注意下さい。湘南地域県政総合センター・地域課」
…の看板。木を伐って運ぶのに使うのでしょうか。気になりました。
ではまた。

14号鉄塔尾根上のモノレール軌道。何を運ぶのでしょう

ミツマタの花。下から見上げるとこのように黄色というかオレンジ色ですが、下を向いて咲くので、上から見ると白く見えます

ミツマタの群落。実際にはもっときれいでした
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