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雲上の散歩道と池塘に遊ぶ 会津駒ヶ岳 

カテゴリ:山行 東北

 9月21、22日に会津駒ヶ岳に行ってきました。今回の参加はKリーダー、アッキー、ハーリーの3人です。初日は民宿に泊まって温泉でまったり。2日目の早朝に宿を出発して頂上を踏み、同じルートを戻るというコースです。

1オープニング

 1日目は移動だけなので、出発もいつもよりゆっくりめ。普段の出勤時間ぐらいに家を出ます。NHKの「八重の桜」の影響で会津方面行きの電車は混んでそうなので、始発の浅草から東武線に乗車、途中駅でアッキー、Kさんと合流します。電車に揺られること3時間ちょっとで会津高原に到着。さらにバスに1時間ちょっと乗って桧枝岐にたどりつきました。

 午後2時すぎに宿に着いてしまったので、まずは宿の外の温泉巡り。露天風呂があるという燧(ひうち)の湯に向かいます。ここでまず失敗。宿のサンダルを借りて裸足につっかけて出かけたのですが、温泉まで20分ほど歩くうちに足が擦れて皮がめくれてしまいました。自分だけかと思っていたら、後で聞いたらみんな同じ思いをしていたそうです。ここの温泉は硫黄のにおいが少しします。人も少なくてゆったり、まったりできました。

 宿に戻って、部屋でビールで乾杯して宴会に。そして6時ごろに夕食。そんなに量は多くないだろうと思っていたら出るわ出るわ。定番の岩魚の塩焼きや天ぷら、山菜、煮物その他のほかに、まずあったかいおもち(名前忘れました)、岩魚の刺身(!)、しいたけの出汁で味付けしたごはん、裁ちそば・・・。お腹いっぱいになりました。とても全部食べ切れません。部屋に戻るとみんなひっくり返って寝てしまいました。1時間半ほど仮眠した後、布団を敷いて、もう一度お風呂に入りなおして就寝となりました。

2朝

 翌朝は午前4時起床。昨晩のうちに朝食用の弁当を作っておいてもらい、4時45分ごろに出発、歩いて30分足らずで登山口に着きます。まだ暗いのでヘッドランプのお世話になります。東の方向には徐々に朝焼けも見えてきました。登っていくと遠くに雲海から顔を出す山々がみえたり、一部の木々で紅葉が少しだけ始まっていたりと楽しませてくれます。会津駒ヶ岳は登るにしたがって傾斜が緩くなる山。頂上に近づくとなだらかな頂と湿原、池塘(小さな池)が現れ、これがこの山の魅力となっています。

3遠くの山

 途中、池塘のわきのベンチで朝食をとったり、小屋のベンチで休憩したりしながら8時45分ごろに会津駒ヶ岳山頂に到着。山頂は木々に囲まれていて展望はききません。そこから、会津駒の核心部ともいうべき中門岳をめざします。池塘を横目に見ながら、なだらかな尾根にかかる木道を歩くこと30分、少し大きな池と、中門岳の標識。池があるくらいですから、ここがピークではなく、標識には「中門岳(この一帯をいう)」と注意書きが書かれています。30人ほどの団体さんが去った後、静かな環境の中でゆったりまったりコーヒータイムとしました。アッキーが撮った池の写真には見事に青空が映り込んでいました(表紙の写真)。

4尾根

 そこからは来た道をそのまま戻り帰路に。天気はだんだん曇り空となってきましたが、雨に降られることもなく無事に下山。アッキーは足が筋肉痛になって少しつらそうでしたが、翌日には全快したそうです。午後1時過ぎに宿にデポしておいた着替えなどの荷物を取りに戻り、駒の湯に向かいます。帰りの電車は少し混んでいましたが、ビールで乾杯しながら帰路につきました。
(ハーリー記)

 コース 1日目 会津高原=桧枝岐-宿-燧の湯-宿
     2日目 宿-登山口-駒ヶ岳山頂-中門岳-駒ヶ岳山頂-登山口-宿-駒の湯-バス停=会津高原


今回はアッキーにも寄稿してもらいました

こんにちは。
今回久々に泊まりの山行に参加しました。
前泊というのは初めてでしたが、1週間の疲れをある程度リセットした後に登山!というのも、なかなかのものでした。初日に温泉に山人料理などなど楽しみ、お腹がはち切れんばかりに(笑)。。
翌日は4:45頃出発!
真っ暗闇の中、登山口にて、きれいな朝焼けを観ながら、いざ、会津駒ヶ岳!
あまりキツくないと聞いてはいましたが、最初の急登に汗かき。
でも気持ちよかったです。
登るごとに視界も開けて、駒の小屋から中門岳の道のりは、まさに雲上の散歩道でした♪

お天気にも恵まれ、歩きごたえもありました。
もう一息というところで、何だか足が痛くなりましたが・
何とか無事に下山でき、駒の湯につかり、激しい運転の会津バスにのり、電車に揺られて心地よく帰宅中です(^_^)        
(アッキー記、帰りの車中で)


おまけ Kリーダーの名言録

Kリーダーが登山中の水場でこんなことを言っていました。
「人の幸せというのは、愛される、ほめられる、役に立つ、必要とされること」。
これを聞いてアッキーは「4つの頭文字をとって、”Kのあほやひ”と覚えましょう」と言っていました。
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山登りというより「山旅」――34年ぶり、“弟子”を連れての朝日連峰縦走 

カテゴリ:山行 東北

<朝日連峰 縦走報告>
期間:2011年10月6~10日
参加:師匠(S)と弟子(T)
行程:古寺鉱泉→古寺山→小朝日岳→大朝日岳→西朝日岳→三方境→竜門山→狐穴小屋→以東岳→オツボ峰→大鳥小屋→泡滝ダム

●10月6日(木) 移動日 立川→国立府中IC→三郷IC→寒河江IC→やきとり柳川 山形県朝日町宮宿

昼前、ヤマニテに計画書送る。天候が回復するかどうか、ギリギリまで決断を延ばした。

34年ぶりの朝日縦走。東北では飯豊と並んで最も厳しい山で、学生時代は春夏秋冬10回ぐらい訪れた。

一番最初の縦走は大学2年の秋。登山技術が未熟で、以東岳~大鳥池の下山で、両足の爪を全部剥がし、同行者はザック麻痺で山行後1年以上、両手の腕が上がらず指も動かない症状に苦しみ、食事はパンの耳で済ます生活を強いられた。痛恨の山である。

通常の交通機関で行けば麓の人里から登山口まで6-7時間かかる。奥深く、急登が続く、しかも果てしなく長い行程を歩かなければならない本物の山である。

今回はどのように迎えてくれるのであろうか。期待と不安が入り交じる。

少々高いが、車の代行を頼み、古寺で降ろしてもらったあと下山口の泡滝まで回してもらう。

夕方、家に戻り、そろそろ出掛けようとしていたところに、弟子からメール。

「オレも行く」「冗談でしょ。もう出発するんだよ」

今回は山が厳しい上に行程が長く日数も金もかかる。昨年も同時期に同じ山行計画を出して同行なし、今年は先週の芋煮会で皆に声をかけても無反応だったので、単独行と考えていた。

「準備はできてるの?」
「できてる。寝袋貸して」

「だけど、あんた、山に泊まったことないんだろ。小屋は暗くて寒くて、あんたの嫌いなポットン便所だぞ。しかも荷は重いし、あんたがこれまで経験したことないような急登が続く…」「行く!頑張る!」

しょうがない。今晩仮眠させてもらう代行運転のK木さんが経営する居酒屋に到着が遅れる旨、連絡し、食糧を2人分用意する。

あわてて家を飛び出そうとすると、今度は電話。

「着替えはどうするの?化粧はどこでできるの?」
「靴下のみ。山に来て化粧なんかするな!」

「ええーっ、パンツは?」
「なし。とにかく1グラムでも軽くすることを考えろ。行動食は外箱など全部はずすこと」

「じゃあ、3日も4日も着替えなし…信じられない。汚なぁーい」
「当たり前だ。ばかやろう。何日も山に入ってどろどろのぐちゃぐちゃになるのが山男だ!」

「あたしは一応、女なんだけど…」「ばかやろう!山に女も男もクソも味噌もあるか!とっとと用意して出てこい。もう時間がない。」

K木さんは起きて待っていてくれるというが、代行とは別に好意で仮眠させてくれるので、いくら遅くても12時までに着きたい。こちらも初日に8時間行動で標高差1300メートルをアップダウンしながら登るので、できるだけ体を休めたい。

ところが夕方の首都高は混む。立川から三郷にたどり着くまで4時間もかかる。東北道はいつもの安全運転。

「師匠、危ない」「ばかやろう!寝てろ!起きてても目つむってろ!」

この弟子はいまだS車に乗るコツを習得していない。いまだに教習所の車のように、ありもしない補助ブレーキを一生懸命踏む。

国見の先で山形道に入り、寒河江ICで降りる。柳川到着は11:53。何とか目標通りに着けた。

K木さんは奥さんも起きて待っていてくれた。ビール飲んで、すぐ寝ようとしたが、奥さんが次々とキノコ料理を出してくれる。舞茸の天ぷら、特にブナシメジが甘く最高!こんなことだったら、途中でおにぎりなんか食うんじゃなかった、と二人で顔を見合わす。

もう7日になっている。朝6時出発を考えていたが、不安と緊張で心なしか青ざめた表情の弟子を見て、1時間遅らせることとする。

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